「いまから作りますので、20分ほどおまちいただけますか」。
そう告げて、若女将は下がった。。
お茶をすすり、冬の日差しを浴びた庭を眺める。
笹の葉に置かれたもちは、黒々と輝き、楚々と佇む。
澄んだ深みの中に、静かな精の存在を感じた。
「さあ食べてごらん」。と、誘われるまま、
慎重に箸でつかむ。
もちは変形し、ぽってり重い。
口に含むと、雪どけの滴がひんやりと広がった。
しばしひんやりを楽しんだ後、顎にゆっくり力を入れた。
歯は包み込まれ、抱かれて、わらびもちは、
ねちょ
むにゅ
くにゃりと
身悶えながらくずれていく。
さらに力を入れると奥底から、小さな甘味が顔を出し、喉に消えていった。
口に残るは、冷気の記憶。
その瞬間、ふっと春が香った。
微かな、微かな、微小な春。
わらびの息吹。
いやあれは思い過ごし、錯覚、幻かもしれない。
でも春とは、味とは、
そういうものだ。
京都洛北「宝泉堂」